永井荷風「ふらんす物語」 [帰国後]
永井荷風は、
1907年7月30日から1908年3月28日までの八か月、
リヨンに住んでいた。
永井荷風がリヨンに住んでいた理由は、
遠藤周作のような留学ではなく、
銀行勤務のためである。
西暦千九百七年横浜正金銀行雇人になり、米国紐育を去りて
仏蘭西里昴に赴き此処に留る事十箇月余なり。
・・・「ふらんす物語」序(新潮文庫)から抜粋・・・
●横浜正金銀行とは後の東京銀行(東京三菱UFJ銀行の前身行)である。
●紐育=ニューヨーク、里昴=リヨン
永井荷風は、1907年7月29日19時20分パリ・リヨン駅発の
マルセイユ行き夜行列車に乗り、
翌30日夜明け前にリヨンに着いた。
突然、列車が一条の鉄橋を渡る響きに目を覚して見ると
白い壁塗の人家が高い石堤の両岸に立続き、
電燈の光か月の光か、四辺は非常に明るくなっている。
いよりよ里昴の市街に入ったのである。自分は慌忙てて落ちている帽子を冠り、
衣服の塵を払って汽車を下りた。停車場の時計は夜の三時半、
夏の空は星消え月落ちて、もう白々と明けかかるのであった。
・・・「ふらんす物語」船と車(新潮文庫)から抜粋・・・
永井荷風が汽車を下りた駅は、
私がTGVを下りたパールデュー(Part-Dieu)駅ではなく、
ペラーシュ(Perrache)駅だった。
2007-07-04 13:13






